Episode 1.神様


これは、僕が初めに訪れた村でのお話しさ。


僕が初めに訪れた村ってのは、それなりに活気があって、

なかなか居心地も悪くなかった。

他所者の僕にも、みんな笑顔で親切だったしね。

僕は黒猫だから、嫌われることも多いからね、

何となくこの村が好きになってたんだ。

だけど、3日程その村で過ごして気がついたんだ。

この村では、争いや喧嘩っていうものが全く無くて、

みんないつも笑顔で、とても仲が良くて楽しそうだったんだ。

何だか不思議な気がした僕は、村人に聞いてみたのさ。

「どうしてこの村の人はみんないつも笑顔で楽しそうなんだい?」

答えはよく分からないものだった。

「この村には、辛いことや悲しいこと、苦しいこと。

 それに、みんなの犯した罪まで、全ての嫌なことを変わりに背負ってくれる。

 そんな神様がいるんだよ。

 だからみんな笑顔で仲良く過ごせるんだよ。」

こんなことを言われても、信じられないだろう?

僕もそうだったよ。

「神様・・・?」

そんな僕の気持ちを読んだみたいに、村人が言ったんだ。

「この道を真っ直ぐに進んで行くと、村はずれに一軒の家がある。

 そこに神様が住んでいるから、行ってごらん?

 きっと良いことがあるよ。」

そう言うと、村人は笑いながら行っちまったよ。

僕はとりあえず教えられた道を行ってみることにしたんだ。

神様ってやつに興味があったからね。

そのまま20分くらい歩いて、村の明かりからも遠くなって、

だんだん辺りが暗くなってくる頃、その家はあったんだ。

神様の家としては、あまりにも普通だった。

「こんばんわ。誰かいますか?」

「はい、どうしました?」

そう言って扉を開けたのは、意外にも優しそうに微笑む若い青年だった。

神様っていうからには、おじいさんでもいるのかと思っていた僕は、

一瞬答えることを忘れていた。

「どうしたんだい?どこか具合でも悪いの?」

その神様と呼ばれている青年は、心配そうに僕を見つめていたよ。

「いやいや、そうじゃないんだ」

慌てて否定する僕を、不思議そうに見つめる神様は、

青年といよりも、少年のようにも見えたな。

そして、今更ながらにこう聞いたんだ。

「君が、この村の神様ってやつかい?」

「・・・あぁ、そうだよ。」

ほんの少しだけ悲しそうな笑顔に、何かが引っかかった気がした。

「猫の僕から見ても、君は普通の人間のようだけど、違うのかい?」

「いいや、違わないよ。

 僕はみんなと同じ、普通の人間だよ。」

やっぱり悲しそうに笑って、神様は続ける。

「だけどね、僕は『代理一族』の人間なんだ。」

「『代理一族』?」

「あぁ、こんなところでは何だから、中へどうぞ。」

そう言って通された部屋も、やっぱり普通の部屋だった。

僕らは向かい合う様に暖炉の前に座って話を続けたんだ。

「『代理一族』っていうのは、何なんだい?」

「『代理一族』っていうのはね、この村にずっと昔から続いている一族のことなんだ。

 そしてその一族の人間は、ある役目を背負っているんだ。

 それが・・・」

「村人の身代わり?」

「そう。村人が苦しむ原因となるもの。

 例えば、悲しみや怒り、憎しみや妬み、罪や病。

 そういったものを身代わりするんだよ。

 そうすることで、村の平和を守ってきたんだ。」

「身代わりってのは、具体的にはどうするんだい?」

「閉じ込めるんだよ」

「閉じ込める?」

「そう。この体の中に閉じ込めてしまうんだ。

 そうすることで村人は様々なことから解放され、いつも通りの平和が流れていくんだ。」

「それで神様は・・・」

「あぁ、聖で良いよ、黒猫くん」

そういう神様、聖は、ようやく普通に微笑んだ。

「じゃあ、聖は、それで大丈夫なのかい?

 罪や病を閉じ込めたりし続けていて、何ともないのかい?」

この言葉に、また悲しそうな笑顔になる。

「そうだね・・・。寿命は縮んでいくかな」

「・・・それで、良いのかい?」

「え?」

「聖は、それで良いのかい?幸せかい?

 人の苦しみを全て自分の中に閉じ込めて・・・。

 自分一人の分でも重くて辛いものなのに、村人全員の分を抱えて、

 辛くないはずはないだろう?

 本当に、それで良いのかい?」

「そうだね・・・。うん、確かに・・・、辛いかな。

 だけどね、この村はもう、『代理一族』がいなきゃダメなんだよ。

 何代か前の神様は、あまりの辛さに逃げ出してしまったんだ。

 その時のこの村は、ひどい状態だったそうだよ。

 病が流行り、争いが起こり、たくさんの人が命を失ったんだ。

 それから『代理一族』は、ますます重い責任を負うことになったんだ。

 僕達が幸せを求めることは、村人にとっての不幸なんだ。

 だから、仕方がないんだよ。」

そこまで話し終えた聖は、やっぱり悲しそうに、

だけど、この上なく優しく微笑んでいたよ。

「それで、このまま村人の幸せのために、自分の寿命が減ることを知りながらも、

 神様を続け、そして許していくつもりなのかい?」

「そうだね。それが、僕の役目だからね。」

「本当に良いのかい?僕と一緒に、旅に出てみないかい?

 自由というものを感じてみたくはないかい?」

「・・・。正直、行ってみたいよ。

 だけど、もう二度と、昔の悲劇を繰り返してはいけないんだよ。」

「・・・。」

「ねぇ、黒猫くん。ありがとう」

「え?」

「僕のことを考えてくれたのは、君だけだよ。

 僕の自由や、幸せを求める権利、村人の苦しみを抱える辛さ。

 その全てのことを君が気付き、考えてくれた。

 それだけで僕は今、とても幸せだよ」

本当に幸せそうに笑う聖を見て、どうしようもなく切なくなっちまったよ。

「そっか・・・。」

「だからね、ありがとう。

 辛いけど、今日のことを思い出せば、これからも頑張っていけそうな気がするよ。」

「そっか・・・。」

それから僕らは、言葉を交わすこともなく、ただくっついて火にあたっていた。

それくらい時間が経ったのか分からないけど、

夜が明け始めた頃、僕は旅立つことにした。

「じゃあ、気をつけてね?」

「うん。聖も、無理するなよ?」

「ありがとう。」

「こちらこそ、ありがとう。」

「また、会えることがあれば、その時もまた、たくさん話をしようね。」

「そうだね。」

「・・・。」

「・・・。」

「じゃあ、行くよ。」

「あぁ、気をつけて・・・。」

歩き始めた僕の背中に、声がかかった。

「黒猫くん。君の名前は、何ていうの?」

「ああ、これは失礼。名乗らないままだったね。

 僕の名前は、『アノミス』だよ。」

「アノミス・・・。良い名前だね。」

そう言って、あまりにも柔らかく笑うから、僕も何だか嬉しくなったよ。

「ありがとう。」

「じゃあ、アノミス。また、いつか会えることを祈ってるよ。」

「僕も、その時を楽しみにしてるよ」

「「さようなら。またいつか・・・。」」

それから僕は、振り返ることなく歩き続けたんだ。

聖の顔は見えないけど、優しく笑ってるのはよく分かったよ。

それにしても、この神様との出逢いで、色々と考えさせられたよ。

ん?何をかって?

一人の犠牲と多くの平和。

一人の不幸と多くの幸せ。

これは、本当に平和で幸せなのか・・・ってね。

村人が自分たちの背負うべきものを、一人一人がしっかりを背負っていれば、

聖のように犠牲になる人間も必要なくなるんだよ。

ん?あぁ、そうだね。

いつかあの村の人間が、そのことに気付いて、『代理一族』なんて悲しい一族の物語が、

終わればいいんだけどな。

あぁ、そろそろ時間かい?

じゃあ、僕ももう行くよ。

じゃあ、またいつか・・・。